ホーム > 日栄・商工ファンド対策弁護団とは?

4 立法運動

(1)1999年5月末から東京新聞が「不況に躍る『商工ローン』」との商工ローン被害について特報記事を連日企画し、テレビ局、週刊誌も続くようになり、商工ローン被害は社会問題化していきました。

  私たちは、1999年7月、日栄がテレビCMを行っていることに対し民間放送連盟や民放キー局を回りその中止を求めました。日栄は、テレビCMを利用し、中小企業の味方であることをアピールし、例えば暴れん坊将軍やサンデープロジェクトのスポンサーであることを貸付けの勧誘の武器にしていました。「我が社は暴れん坊将軍のスポンサーをしています。」と営業マニュアルにもそれを入れて勧誘することがうたわれていました。

  全国銀行協会にもトラブルを多発させる商工ローンに対する融資を中止するよう要請しました。国会でも取り上げられ、当時の越智担当大臣はトラブルを多発させている商工ローンに100億円以上も銀行が融資することは適切でないと発言するようになりました。

(2)そして、先程述べた、目ん玉売れ事件が発生しました。
私たちは商工ローンが保証人を取って根保証という枠の保証で支払い能力を無視した貸付を行うこと、保証人に嘘や不正確な情報を与えて根保証契約をし、一旦保証を取ると根保証人に何の連絡もなく枠一杯まで追加融資を行っていることに大きな問題があり、法の抜け穴があることがわかってきました。

  我々は弁護団として出資法の上限金利の引き下げや保証制度の改善など貸金業規制法の改正を求めて同年10月から国会議員要請を行いました。

  我々の中には日弁連の消費者問題対策委員会に所属する団員もいて、その団員が中心となり、消費者問題対策委員会で意見書を提出し、同年10月、日弁連は「商工ローン問題についての意見書」を採択し記者発表や国会要請を行いました。同年の秋の臨時国会は「中小企業国会」、「商工ローン国会」とまでいわれ、日栄及び商工ファンドの社長が参考人、さらには証人として国会喚問も受け、商工ローン被害をどう解消するのかが国会の場で議論されるようになりました。同年12月の衆議院大蔵委員会での貸金業規制法改正などでの審議にあたり当弁護団の木村達也団長が参考人として、出資法の上限金利を利息制限法まで引き下げることや保証契約の前に保証内容を説明すること、根保証契約後追加の融資を行う場合は根保証人にその旨を通知することなどの改正を求めました。

(3)国会では、12月17日、出資法の上限金利を年40.004パーセントから29.2パーセントに引き下げること、保証制度の改善を図る資金業規制法などの改正法が成立しました。出資法の上限金利の引き下げは不十分なものとなりましたが保証制度の改善では一定当弁護団、日弁連の意見を入れた改正が実現しました。商工ローン被害は人の生き死にの問題との我々の思い、運動がマスコミを動かし、さらには国会をも動かしました。本改正は翌2000年6月から施行されましたが、金融庁は日栄に対し元社員の事件などで最長90日間の業務停止の行政処分を行いました。

5 最高裁へ

(1)商工ローン被害は国会をも動かしましたが、具体的な被害救済の場面ではそう簡単に解決を見ませんでした。日栄との間では各地で担保に取られた手形が取り立てに回され、利息制限法違反の金利を強制的に徴求されることから、利息制限法で計算して支払い済みの場合は手形取り立て禁止の仮処分を申し立て、債務不存在の本案訴訟を提起することが救済策として確立しました。また、2000年2月17日施行された特定調停法により多重債務者の救済メニューが増えたこともあり、特定調停法による申し立てと同時に手形取り立て禁止の事前の措置(民事調停法12条1項)を申し立てし、利息制限法による再計算しても残債があるものについても、裁判所の手形取り立て禁止命令を受け、手形の取り立てを禁止するとの救済手法を我々弁護団が確立してゆきました。仮処分には保証金を要することから個人自営業者の場合は法律扶助協会の援助を受けることもできるようになっていました。また事前の措置では保証金なしでの禁止命令が出されていて、救済のメニューが増えてゆきました。

(2)しかし、最重要の法的争点では、①利息制限法違反の利息を債務者の期限の利益を認めず即時に元本に充当することができるのか②日栄の全額出資の子会社日本信用保証の徴求する保証料、事務手数料は利息制限法のみなし利息にあたるか、との2点であり、当初は日栄側の主張を認める判決が裁判実務の中で固まっていた状況でした。

日栄・商工ファンド対策全国弁護団

副団長 新里宏二弁護士