ホーム > 日栄・商工ファンド対策弁護団とは?

 ①の争点につき、我々は、サラ金整理で確立した充当方法が当然で、手形がその中に介在しても全く同様であるべきであるとし、日栄は、手形の支払い期日に、手形決済資金を再貸付けしているから手形ごと別個の融資であり、過払い利息は元金に充当できず、累積した過払い利息をまとめて最後に相殺すべきとし、その理論を補足するものとして、貸金業者には期限の利益があるのだと主張しました。②の争点については、日栄は保証料についても別会社が保証料を徴求し、日栄から代位弁済の要求があれば約定に従って代位弁済をしている、保証料は利息とは別であるとするものでした。この争点でも我々は、日栄と日本信用保証が同じ事務所で営業をしていて同じ電話が日栄だったり日本信用保証であったり実態は同一であると主張していました。さらに、明らかに出資法を意識して、出資法の上限金利年率40.004パーセントを超えることはありませんでした。今からすれば日栄の主張は「そんな主張は通るのか」との思いはあるのですが、当弁護団結成時点では日栄の主張を認める判決が山のようにあり、訴えを提起すると日栄から日栄の主張を認めた判決が出されそれを無批判に次の判決が受け継いでゆくとの悪循環に陥っていました。

(3)弁護団結成の直前である1998年12月17日、札幌地裁で全国で初めて保証料は利息であり、過払い利息は即時充当できるとの判決が出されました。

 さらに、翌年4月26日、横浜地裁川崎支部でも同様の判決が出されました。それぞれの判決は日栄から控訴され札幌、東京高裁に継続されてゆきます。

 当弁護団は2~3月に一度全国を回って研究会を開催してきましたがその最重要課題が各地での日栄との訴訟の進行状況を確認し理論、実態から訴訟をサポートすることにありました。

 川崎の事件は翌年(平成12年)3月29日東京高裁でも我々の主張を認める判決が出されます。これで法的な問題も突破できると思った矢先、同月30日福岡高裁は逆転で保証料も利息でない、充当も認めないとの判断を下しました。東京高裁判決で、「中小事業者を救済する法理が確立できる」と、思った矢先の判決に思わず「なんだこれは」との怒りがわいてきました。実態を知っているものからすれば当然の主張がどうして高裁には通じないのだろうかとの思いに駆られました。

 しかし、弁護団の闘いは最高裁に移されることになったことから、「まだ最高裁がある」として、最高裁対策と高裁対策をどうするかの全体戦略の練り直しを行ってゆくことになりました。

 (4)じん肺事件、牛島税理士事件などで最高裁闘争を経験した福岡の椛島弁護士から、最高裁に対して補充書を提出するだけでなく、最高裁でのビラ配りをすることが提案されました。私はこれまで最高裁での具体的な裁判闘争を経験したことがなかったものですから最高裁は法理論を提出することばかりに目がいっていましたが、被害の実態を伝えようとの提案に最高裁に補充書を提出する際には全国から弁護団、支援者が集まり朝8時30分から当弁護団の茆原洋子、正道両弁護士が被害の実態、被害者の顔写真入りのビラを配り、マイクをにぎって被害を訴えることになりました。この手法は商工ファンド、シティズ最高裁闘争に受け継がれ、当弁護団として30回を超える最高裁前ビラ配りを行っていきました。その都度、北は札幌、仙台、南は九州から毎回20人程度が集まりそれぞれに被害の実態を最高裁に訴えました。

 (5)平成13年に入ると日栄元従業員の刑事確定記録が手に入りました。その中で、日栄自体が、保証料が利息にならないのかを顧問の弁護士に照会し、このままでは利息とみなされるとの報告を得ていたこと、さらに貸付け、管理に厳しいノルマが課され、手形の期日には「切り返し」と称して切り返し率を支店ごとに目標を定めて維持させるよう、貸金を返させないで継続させようとのノルマが課せられている実態が内部資料という形で明らかになりました。これは、既に1999年福岡での弁護団の研修会で元支店長の行徳峰史から報告を受けていましたが、社内通達との形でノルマが課されている実態が内部資料として明らかになったものでした。弁護団事務局では、平成13年7月から確定記録の必要部分を書証化し全国の弁護団に配信し最高裁にも提出しました。

日栄・商工ファンド対策全国弁護団

副団長 新里宏二弁護士